(105)8-23:神のシステム化

***

『今を変えたいのだろう? ならば頭を止めている時間はないぞ』

 オセロットは息継ぎをしなかった。

『神の意識を変える方法は2通りある。1つは、特別賞をとり神々を星のシステムにしてしまうことだ』

「さきほど言っていたことか」

 灼熱のマイケルの言葉で思い出す。

 ――特別賞に願えば神たちをシステムとしてまとめてしまう事も出来る。

『神とはもともと意識のない存在だ。大空も大地も風も眠るようにそこに在り、時の流れに自らの変化を委ねていた』

 それはよく知った景色。当たり前と思っていた風景。

『本来、星の安定を求めるのであれば神は眠っていたほうがいい。気まぐれや戯れの余地が無くなるからな。実際、力の強い神であればあるほど自らの力を封じるか、安定させるために眠りにつくかを選んでいる。眠りっぱなしの磁界の神がいい例だ。かの神はこうしてレースが行われている間も眠りにつき、安定化につとめている。地核の神もレース以外は眠りについている』

 地面の奥深く、巨大なスナネコが丸まって背中を柔らかく上下させているところを想像した。

「……それがあわあわの大渦とどう関わってくるんだろう?」

「意識があるから気が狂うっていう話だねぇ。だから神さまを寝かしつけちゃえばぁ」

「狂った行動の余波は発生しない、というわけか」

『そうだ。神たちの歪みの根本には、顕在化した意識がある。意識が歪むと分かっているのなら、眠らせてやればいいのだ。そうすれば世界は安定を取り戻す』

「暴れる子ネコを寝かしつけるみたいな話かな」

 想像してみて微笑ましくなったけれど、気になることもある。

「でも、起きちゃったらまた暴れるんじゃない?」

『だから眠らせない』

「え?」

『眠らせるのではなく、意識を取り払う。意識そのものをなくしてしまうのだ。本来そうであったようにな』

「意識、を?」

「それはつまり神を殺す、ということですか?」

『いいや、失われてはそれこそ影響が甚大だ。存在や機能はそのままに、自我や個性を消失させる』

 自我の消失。個性の消失。

「システムとはそういう意味か」

「神を、世界を回すための歯車に戻す、と」

 納得声の灼熱に対して、虚空の声は暗く沈んでいた。思わず振り返って見てしまうくらい。暗がりだというもあって、片膝を立てて座るグレーの毛が濃く重たく見える。

 歯車。

 それは巨大な力を使ったり伝えたりするために必要なものだ。そこに在って、必要な役割を果たすために動いている。ただ黙々と回り続けて、他の誰かの役に立ち続けている。もの。

『かの神たちの意識をなくせば歪みが消える。レースで過ちを犯すことはなく、あわあわの大渦はなくなり、世界に秩序が戻ってくる』

 さらに、

『この方法であれば、ティベール・インゴットを秤に置く必要さえない』

「意識がなければ犯行自体が起こらんだろうからな。それに」

「“重み”が増しちゃってる分銅をぉどうするか考える必要もなくなるよねぇ」

 子ネコたちの視線が荷物袋へと集まった。この分銅には、重さに変えられた罪が詰まっている。このまま分銅を秤に置いたとしたら、あわあわの神さまは“罰の継続”を言い渡すかもしれない。ならば何か手を打たなきゃいけないけれど、この方法なら、

『罪のあるなしに関係なく、ただ特別賞を目指せばいい』

 そうなれば簡単だ。目的は明白、ゴールに身体をねじこむだけでいい。最終地点はここから近いらしいし、時間もそうかからない。すべてが終わりすべてが丸くおさまるに違いない。次の瞬間からはもう当たり前の景色を見ることができているかもしれない。晴れ晴れとした青い空と、緩やかな緑色の丘と、きゅっと身を引き締めるようないたずらな風が――。

 ふと、いくつかの無邪気な声が聞こえてきた気がしたよ。

 表の世界では聞こえるはずのない声だ。

 聞こえるはずのない、神ネコさまたちの、戯れる――。

 茶色いマイケルは「もう一つは、なんだろう?」と尋ねていた。神さまの意識を変えるもう一つの方法のことだ。

『止(や)めさせることだ。大空の神たちの計略を実行に移させない。実行する前に阻止してしまう』

「ん? 計略の阻止というが、それは罰の妨害ではないのか」

 左手に寝そべっているクロヒョウたちに目がいった。あわあわの大渦を止めようとした神さまたちは、みんな言葉を封じられてしまった。だとしたらネコも。

『罰をネコが直接受けることはない。ネコはこの渦の一番外側にいるからな、受けるとしたら間接的な影響だ。ただしお前たちが今回、力づくでヤツらの犯行を止めたとしても、神たちは次回、何事もなかったかのように罪を犯すだろう』

「それでは意味がないぞ。あわあわの大渦がある以上、世界は崩壊の流れに乗っているのだから」

『そうだ。ただ単に止めるだけでは大渦は止まらない。ゆえに犯行を阻止するのならば満たすべき条件がある』

「阻止するための、条件」

『ヤツらに行いを悔い改めさせるのだ』

 オセロットは言い換える。

 “後悔する前に、心から悔い改めさせる”

 そうすれば罪は生まれず、本当の意味であわあわの神からの恩赦が得られるのだと断言した。

「後悔する前に、悔い改める、か」

「それはまた……」

「ど、どうやればいいんだろう」

「言って聞くのか? あの神たちは」

「オイラたちがぁ、これから起こることを話して聞かせるとかぁ?」

「ネコが神に予言をしてみせるのか? ククク、一蹴されて終わりだろう」

「そもそもどうやって止めさせる。力づくはとてもじゃないが」

 そこで思い当たったんだ。

「ねぇ、どんな計画なんだろう?」

 そういえば策略とか犯行とかいうばかりで、神ネコさまたちがどんな悪さをするのか具体的な内容は聞けていなかった。他のマイケルたちも自嘲する。肝心なことだからね、計画の内容が分かれば止める手立てもあるかもしれない。

『おい。さすがにそれ以上言うとこの場で消えちまうぞ』

 だけどオセロットは口を開いたところで止められた。右側から支えている雪崩ネコさまだ。

『もう中身スッカスカになってんじゃねぇか』

 言われて見れば、真っすぐに立っていると思った細身の身体は、両隣の神ネコさまたちに吊り上げられている。両の前足もほとんど浮いている状態で、支えを外せば崩れ落ちるだろう。

『いや、話すべきことはもう話した。あとはこのネコたちが何を選ぶかだけだ。ここで俺が消えようとさして』

「だめだよ!」

 茶色いマイケルは思わず身を乗り出していた。かたわらに寄りかかっていたマークィーの背中の上に飛び乗って両手を伸ばし、オセロットの前足をぎゅっとつかむ。

「消えるのはダメだよ」

 理由もない、説得するでもない、思ったままの、ただ語気が強いだけの言葉は、意を尽くして説明をしてくれていたオセロットに向けるには恥ずかしくなるくらい単純だ。そうであっても、

「消えちゃだめだ」

 心からの想いは重ねると少しくらいなら響くらしい。オセロットは歯切れ悪く、

『だからといって、計画の内容さえ分からないのであれば対処のしようが』

 と小さな頭を垂れた。

 確かに、何をどうすればいいかは見当もつかない。だけど、「それはなんとか考えるから」と気休めでも頼もしく思えるように言おうとした。その時、

「なるほど、そういうことか」

 つぶやく声は右からだ。果実と灼熱のあいだにいる2匹の成ネコの片側。

「その計画の代償が、コレというわけだね」

 マルティンさんは脇腹のケガをさすりながら、白いガーゼを貼りつけた片頬を、苦そうにつりあげた。

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