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「ん、うまいな。鶏肉しか用意しておらんかったが、こんな実どこから持ってきたんだ?」
それはシチューの中身。小麦粉と牛乳は分けてもらったけど、クリーム色のシチューの上にぷかぷか浮かんでいるこの、丸くて柔らかな実には覚えがない。熟れたオレンジ色の実は、口に入れるととろけて、しかもほんのり甘かった。
「それはねぇ、オイラのカバンに入れておいた実でぇ、名前はリー」
「あー、いい、いい。食える物というのが分かればいい。お前のことだから、その辺に生えとるものを適当にちぎって来たのかと思っただけだ」
「ひどいなぁ。ま、そういうときもあるけどね。だけど食べられるものしか選ばないからねぇ?」
灼熱のマイケルが「どーだか」と肩をすくめると、「身体が小さいと心まで小さいんだねぇ。声は高いしぃ」と皮肉で返す果実のマイケル。2匹のやり取りに笑いながらも、茶色いマイケルはピッケを意識せずにはいられなかった。
そのピッケが突然、うずくまる。
「ピッケ!?」
茶色いマイケルの大声に、じゃれ合っていた2匹のマイケルも子ネコの心配をする。顔を上げたピッケの頬はぐしょぐしょに濡れていた。どうしたのって訊きたかったのは山々だったんだけど、ごめんなさいとありがとうを繰り返すピッケには、どんな言葉が届くんだろう。
3匹は子ネコが落ち着くまで待ってたよ。果実のマイケルだけは「冷めちゃうからねぇ」と言って途中でシチューをすすっていたけどね。
「お父さんネコが病気なの」
涙が止まり、しゃっくりも治まってきた。茶色いマイケルの質問にピッケはゆっくりと口を開いていく。
「治すのに薬がいるっていうから、ここにあるお店を教えてもらって1匹で来たんだよ」
「1匹でかい!? 食べ物も水もなくって、大変な道のりだったろう」
茶色いマイケルは心底驚いていた。元気だった自分たちだって一週間はかかったし、バイクネコに乗せてもらわなきゃ今頃、死んじゃってたかもしれないんだからね。だけどピッケは首を傾げた。
「ううん。だって山のトンネルを潜れば2日もかからないでしょ? 荷物も多めに持ってきてたし……」
え、という顔が2匹分。心当たりのあるマイケルたちは、お互いの姿を意識しながら白目をむいた。あやうく、くだらない死に方をするところだったみたいだ。お母さんネコだってあきれちゃうよ!
「そ、それで薬は? 見つからなかったのか?」
「お店には、あるって……。だけど交換するにはマタタビがいるって言われたの」
マタタビを手に入れようと、ピッケは働いたんだって。バイクネコたちのお手伝いをして、ちょっぴりだけど分け前をもらったところまでは順調だった。
「マタタビの種類が違う? そんなに色々な種類があるのかい?」
「種類というより精製法かもしれんな。生の葉だけでなく実や枝、乾燥させて粉末にしたもの、エキスを抽出して液状にしたものなどがある。葉を酒につけ込んだりもするな。マタタビとは少し違うが、キャットミントやキャットニップなど、同じように精神に作用するものも、マタタビと一括りにする者もいると聞いたことがある。いや、ワシは使っとらんぞ? 子ネコだからな」
スーツケースの中のものは交換用なのだ、と言ったところでふと、納得した顔をする。
「バイクネコどもか。あの酔っぱらいどもから聞いたんだな? ワシがマタタビを持っておると」
ピッケは縮こまってうなづいた。
「こんな小さな子ネコをたぶらかしおって。やはり殲滅してやるべきだな。よし行くか」
立ち上がるのを慌てて止める茶色いマイケル。果実のマイケルは「自分だって小さな子ネコなのにぃ」って余計なことを言うからすぐに騒がしくなっちゃう。
「ちがうんだよ、灼熱のお兄ちゃん」
止めたのはピッケだ。灼熱のマイケルは大人しく椅子に座ったよ。ちょっと嬉しそうな顔でさ。
「赤サビのおじちゃんネコは、珍しいマタタビを持った子ネコがいるから話をして分けてもらったらどうだいって、教えてくれただけなの。だけど、なんて話していいか分からなくって……他に交換できるものなんて持ってなかったしそれに……」
シチューの入った器とスプーンに目を落とす。
今日食べるものもなく、ボロ切れでお腹を押さえてギュッと目をつむる夜。そんな毎日をかれこれ一年近く過ごしているんだよ? お願いするだけで望みが叶ったりしないことは、お店やバイクネコたちとのやり取りで分かっていたんだろうね。ううん、分かりすぎちゃっていたのかも。
「頼んでも無駄だと、そう思ったわけか」
もちろん責めたわけじゃない。灼熱のマイケルは、謝りながらまた泣き出した子ネコの隣に来て背中をさすってあげてたよ。
「まぁ、だったら話は簡単だよねぇ」
ズズズズ、とスプーンというかお玉でシチューを貪り、果実のマイケルが能天気な声で言う。
「そのお店に行ってさぁ、どんな種類のマタタビなのかを訊けばいいんだよぉ。どんな場所に生えてるのかもねぇ。こんな何にもないところで待ってるよりもぉ、いったん家に帰った方が早いかもしれないじゃない。その辺に生えてるかもしれないしねぇ」
うぬぬ、となぜか悔しそうな顔をしているのは灼熱のマイケル。
「オイラもいくよぉ。たぶんそのお店、大空の国に繋がってるからさぁ」
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