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「ホロウ・フクロウの大森林。そこに冒険があると?」
茶色いマイケルは、肉球のあとがつきそうなほど、強くヒザをつかむ。そしてうなずいた。
「スノウ・ハットの子ネコたちは、あの林の奥に入っちゃダメだって、ちっちゃいころから教えられているんだよ」
ホロウ・フクロウの大森林。
ご先祖ネコ様のお墓のある丘からはじまり、スノウ・ハットの反対側へと広がっている大森林。それはそれは広大で、街の何倍もの広さがあるんだって。
そこには、葉のトゲトゲした樹があり、皮の白い樹があり、遠い遠い昔からある幹の太い樹がある。
だけど茶色いマイケルたち、スノウ・ハットの子ネコが知っているのはそのくらい。その奥に何があるのかは知らない。今、思いつくまで興味すら持っていなかったんだ。
少し変だと思わない? 好奇心のかたまりみたいな子ネコたちが「何があるの?」って尋ねることすらしないなんて。考えすぎかなぁ。
「ボクね、こないだお母さんネコから、あの森にマークィーがいるって聞いたのを思い出したんだ」
「なっ!」
燃える炎の子ネコは手に持っていたアイスクリームのコーンをぐしゃりと握りつぶした。つぶしたあと「あっ」と言って もの惜しそうに手についたわずかなクリームを舐める。
「そのマークィーというのは、あのマークィーのこと、なのだろうか」
「きっと。だけどその話を詳しくは聞かなかったんだ」
「そんな大事な話を?」
首をゆっくり縦に振る茶色いマイケルを見て、燃える炎の子ネコはそれ以上疑うようなことを言わなかった。
「マークィーか……。絵本以外では、先ほどの氷像でしか目にしたことがないな」
「他の難しい本にも載ってないの?」
「難しい本? ああ、学術文献のことか。そうだな、学者ネコたちはマークィーの存在を、自然現象や恐怖などの隠喩だと考えている。つまりは童話だな」
「だから氷像を見てあんなに興奮してたんだね」
そう言うと燃える炎の子ネコは照れくさそうにしっぽで頬のヒゲを撫でた。
「でも……だとしたらやっぱり絵本の中の話なのかも。お母さんネコは、そうだな、ボクを驚かそうとしたんじゃないかな」
難しい本に載ってないと言われて、パチパチと燃えはじめていた心の火は、少し弱まっちゃった。だけど燃える炎の子ネコは、
「いや、良いことを聞いた。それでこそ冒険ではないか!」
と勢いよく立ち上がった。
「さっそく行こうと思う。ぜひ場所を教えてくれ」
茶色いマイケルはその勢いに押されて「え、でも……」と仰け反ったよ。
「本当はいないかもしれないよ?」
「構わんさ」
食いつくように答えが返ってくる。
「いなくても構わん。もともと幻の動物だからな。それよりもその場所に興味がある。誰も行こうとしない不思議な場所など、冒険しに来てくださいと言っているようなものではないか」
「あ、危ないかも……! お母さんネコがね、他の動物の臭いがたくさんするから鼻が利かなくなるって、だから危ないって」
あれ? どうして引き留めようとしてるんだろう。言いながら茶色いマイケルは口から出てくる言葉に驚いていた。本心は、まるで逆なのにさ。
「臭いか。ネコにとって鼻が利かないというのは一大事だろう。だがワシはネコを越える! 鼻が利かなければ耳を使うし、耳が使えなくても目を使う。色の見分けは苦手なネコだが、だからこそその限界を乗り越えてみせよう」
はじめて会った時みたいに高らかに笑った燃える炎の子ネコ。その姿に胸の奥から爪とぎされているような、無性に何かに噛みつきたくなるような気持ちになった。心臓がどうにかなっちゃいそうなくらい跳ね上がってた。
「だけどっ……、だけど、林の奥の大森林には行っちゃいけないって成ネコたちが……!」
「ん?」
ふっ、と燃える炎の子ネコが力を抜いたのが分かった。
「心配しなくていいぞ。ワシ1匹で行くから。お前には迷惑をかけたりしない」
気遣うような口調、ではなく、心からの気遣い。
「ワシのことも心配しなくていい。身体は小さいがこう見えて力は強いのだ。ちょっとしたクマくらいなら放り投げたこともあるしな。先ほどアイスクリームを握りつぶしてしまったのはちと別のところが痛んだが」
なんて。冗談まで言って安心させようとしてくれる。そんなふうに言われたらさ、うつむいちゃうのも仕方ないってものさ。茶色いマイケル自身、どうしたいのかわかっていないんだから。
けどね、そうして目を下にやって、そこで見つけたものがあったんだ。
それは小さな肉球のあと。
あの、泥混じりの雪で転んじゃってた迷子の子ネコが、茶色いマイケルにしがみついた時についた、うすくて小さい肉球のあとだった。
「一緒に行く」
「ぬぅ?」
「ボクも一緒に行くから」
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