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擦れた呼吸音だけがやけに大きく聞こえる空の上。
茶色いマイケルは視線の先に、『風の獣』に乗った2匹のマイケルを見つけた。
虚空のマイケルは、肩で息をしている果実のマイケルの元へと滑るように近寄り、ケガが無いかどうかを確認していた。果実のマイケルが半分になったザックを背負っていたんだ。まるで齧られたみたいに後ろからえぐられて、中身もろとも溶けて固まっている。無事を確かめ合った2匹は、茶色いマイケルたちを見て手を振ったよ。
息を整えながらそれに応え、軽く微笑みを浮かべていると、
「気を緩めるなよ、まだ終わりのはずがない」
と後ろに乗っていた灼熱のマイケルが緊張感のある声をみんなの頭に響かせた。視線はクラウン・マッターホルンの頂上へと向いている。
「虚空、何か見えるか?」
尋ねられた虚空のマイケルは、風の獣から半身を乗り出すように下を向き、目をくわっと大きく開いた。
「何か、いるな」
静かな声に、思わず耳が跳ねる。
「少し高度を落としてみるか。茶色、頼む」
4匹の子ネコたちはお互いに距離を詰めつつ降下した。雷雲ネコさまに見つかりませんようにって願いながらゆっくりとね。すると声が聞こえて来た。ネコラジオが電波を拾ったみたいに、頭の中に直接それらの声が入ってくる。
『ずいぶんと勝手なマネをしてくれたな、雷雲』
はじめに聞こえたのは落ち着いた声だった。言葉とは違って声の調子は穏やかだ。雷雲ネコさまがそれに応える気配はない。
『こいつ、自分が何をしようとしたのか分かってないね。もうダメだよ』
続いて聞いたのは少年ネコのような幼さのある声。張りのある声は続けて、
『廃棄だな、廃棄』
とはやし立てる。そこへ、
『そう物騒なことをいうな。品位が落ちる』
とたしなめた声は冷たい感じがした。日陰に置いてあった鉄を舐めた時みたいにヒヤリとする。
『まぁ処分は後にしよう。その前に何か分かるかもしれないからな』
さらに高度を下げた茶色いマイケルたちは、クラウン・マッターホルンの頂上の、あの神世界鏡を割った『尖った岩』の近くに、雷雲ネコさまと他3匹の神ネコさまを見つけた。遠くだからはっきりとは見えないし、どの声がどの神ネコさまなのかは分からないけれど、白、銀、薄茶色の3種類だ。
神ネコさまたちは雷雲ネコさまを囲んで座った。
ネコ裁判の始まりだ。
『お前があちら側だというのは織り込み済みだよ。受け入れはしたものの期待はしていない』
『空の眷属が、こっち側に味方するのはおかしいって、そういう声は前々からあったしな』
『それに、かの神とお前は元々、不和を囁かれていた。仲たがいをしたという噂が広がれば、かの神の求心力の衰えの喧伝にもなる』
『泳がせておくだけなら害にはならないだろうって、そう決まってたんだよ』
『今回も、ネコたちの侵入に乗じて何か動きがあるかと目を光らせていれば……』
茶色いマイケルはギクリとしたよ。どうやらこの作戦、初めから気づかれていたみたいだ。その上で泳がされていたらしい。
ピリリとヒゲに震えを感じたのも束の間、
『これはどういうことだ』
と冷たい声の神ネコさまが一言うと、3匹から刺すような怒りが湧きだした。
『雷雲、お前クラウン・マッターホルンを壊すつもりか』
『俺たちの造った最高傑作を』
『ここはいずれ大地に組する我々の元へと返却されるべき場所。それを消失させようとは』
『休んでる大地の神を狙ったのかもしれない』
『欠片ごと消し去ろうともしていた』
『それもかの神の差し金か』
『いよいよ始めるつもりだったのかも』
立ち上がり、しっぽを立てた神ネコさまたちは、黙って座っている雷雲ネコさまの周りをぐるぐると回りはじめた。
『やはり神世界鏡など貸し出すべきではなかったのだ』
『いいや貸し出したのではない、神世界鏡は盗まれた。我らを唆し、地核から騙し盗らせたうえ、大地の神までをもたぶらかしたあの悪神の策略だ』
『ならば我々はここを拠点にそれを取り戻すまで』
『そのためにも欠片だ。欠片の力がいる』
『ネコは使えたのだがな』
『そうそう、あのネコたちは使えた。俺たちの手伝いもあって、あと少しで全て集めさせられたものを』
『ネコ……そうだ、ネコ。ああネコ、可哀そうなネコ。大空に連れ去られ、奴隷のように扱われ続けて』
『取り戻してやる。奪還だ奪還だ。やっぱり拉致されたネコたちを助けなきゃ』
『いや待て、大地の言うように、すでに空に毒されているかもしれない。懐に入れるにしても選別が必要なのではないか』
『そうだな、とりあえず半分殺そう。力を見せつけておけば裏切ることもないだろう』
それがいい、そうしよう。
3匹の神ネコさまたちはその場にトテンと寝転がり、背中を雪にこすりつけて激しく体をうねらせた。空を掻きむしる仕草が恐ろしい。ふと目が合ったように感じて毛が逆立った。だけど神ネコさまたちにこれといった反応はない。茶色いマイケルの息が止まっただけ。
4匹のマイケルたちは顔を上げて、困惑した表情を見せ合ったよ。
「……話が、ちがう」
虚空のマイケルが頭の中でつぶやいた。
「山を造ったのは大地ネコさまだって聞いてたのに……」
「神世界鏡の譲渡も、全神一致と聞いていた」
「でも”盗まれた”っていうのはぁ、拡大解釈っぽかったよねぇ」
果実のマイケルの一言に、灼熱と虚空、2匹のマイケルがうなづいた。
子ネコと神ネコさまとでは感覚が違うというのは、大空ネコさまや風ネコさまと接してみて何となく分かっていたけれど、あの神ネコさまたちの話はそういうのとは違う気がした。なんだか熱に浮かされているような……。
「おかしいといえば空ネコたちのこともだ。確かに神自身、拉致まがいだったとは仰っていたが、現在の空の認識からはかけ離れている。それになにより……」
そこで口ごもったのは、現実になるのを恐れたからだと思う。まさか”選別”なんて。そりゃあ怖いから言う事は聞くかもしれないけど、助け出そうと言いながら半分殺すって、そんなのどう考えてもおかしすぎるよ。
神ネコさまたちの話はさらにエスカレートし、雷雲ネコさまの処分や、今後のネコたちの管理方法にまで発展した。
カゴに入れて飼うだとか、家から出さないだとか、去勢・避妊だとか。……ペットじゃないんだから。そんな話を耳にして怒らないネコはいないと思う。
『しかし全く、理想の秩序を築こうと思うと、余計なものばかりに思えてくるな』
『その通り。不要なものが多すぎる。神にしてもそうだ』
『もっと大きな区分でいいのにな』
『ああ。特に、力もないくせに数ばかりいる細神どもが群れているのを見ると反吐が出る』
あ、と声は出さなかったけれど無意識のうちにピン、と耳が立った。しっぽの毛も開く。
『あーあ、言いやがった』
神ネコさまたちの会話の中から飛び込んできた”その言葉”に反応したのは茶色いマイケルと、風ネコさまだった。その声はどこか楽しそうで……イヤな予感しかしない。
もちろん予感は的中したよ。
茶色いマイケルが視線を向けた先では、雷雲ネコさまが静かにしっぽを立てていた。すると、ひび割れた空に、またもや黒雲が広がっていく。
あたりが闇に包まれる中、雷雲ネコさまは身体をピリピリと妖しく光らせ、そして、軽く口を開けたと思えばあの光の球――球雷を吐き出したんだ。
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