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虚空宮殿入り口への階段を上ると、柱と柱の間を埋めるように番兵ネコさんたちが並んで浮いていた。
そのうちの2匹に大扉の前で止められ、
「失礼致しますマイケル王子。ご参殿にあたり身体検査をさせていただきます。ご不要かと思いますが、何卒ご容赦を」
と丁寧に頭を下げたよ。「よい」と虚空のマイケルが威厳をもって応える。それから茶色いマイケルを見て、
「お連れの方もよろしいでしょうか?」
って尋ねてきたから、茶色いマイケルは「よ、よろしいでしょう」って返事をしたんだ。若い方の番兵ネコさんのヒゲがピクリと揺れたように見えた。
検査は手荷物チェックとポケットの中身を見せるだけの簡単なものだったけど、かなり怖かったな。だって番兵ネコさんたちってば、もともと大きな目をこれでもかってくらいパッチリ、目の端が引きちぎれるんじゃないかってくらい見開いて、上から下まで、全身を色々な角度から舐め回すように見ていたんだからさ。虚空のマイケルまで一緒になってそんな目で見てくる意味はちょっと分からなかったけど。ま、グルーミングには慣れてるからいっか、ネコだし。
「ご協力感謝致します」
「あ、えへへ、こちらこそ」
ご苦労、と言って颯爽と扉の中へと入って行く虚空のマイケルの背を追って、小走りで中に入った茶色いマイケルは、その廊下の広さに目を開き、天井の高さに口をぽかんと開け、絨毯のふかふか具合ににしっぽを振ったよ。
少しでも音を立てれば遠くまでよく響きそうな廊下を、足音一つ立てずに歩いて行く2匹。100メートルくらい離れたところに、いかにもな扉が一つあるんだけど、たどり着くまで茶色いマイケルの心は緊張に耐えられるかな。
なんて思っていたら虚空のマイケルが歩く足を緩めて、茶色いマイケルの隣に並んだ。
「そう緊張しなくてもいいさ。君らはただの訪問者とは違って、招かれたネコなんだからな」
ニッと見せた笑顔はハッとするくらい恰好良くって、とてもじゃないけど同じ子ネコとは思えない。雰囲気はメロウ・ハートのカラバさんに似てるかも。
そこでふと、虚空のマイケルの言った言葉が頭に入ってきた。
「”君ら”っていうのは”ボクたち”ってことだよね? じゃあもしかして」
「ああ、果実のマイケルと灼熱のマイケルのことだろう、彼らも一足先にこの宮殿に泊まってもらっている。今はこの国での用事を片付けているらしく、外出しているけどな。しばらくしたら帰ってくるさ」
「そっかぁ、良かった」
茶色いマイケルは深いため息をついたよ。今まで忘れていたんだけどね。
その顔を虚空のマイケルがしげしげと見てくるものだから、何だろう? ってしっぽを傾げた。
「いや、失礼。随分心配していたのだなと思ってね。どちらかと言えば君の方があの2匹から心配される立場だと思っていたから、不思議な感じがしたんだ」
「だってさ、部屋を出てからずっと空の上だったでしょ? 2匹とも見当たらないから落っこちちゃったのかと思ったんだ」
すると虚空のマイケルは「ん?」と首を傾げた。やや時間を空けて何かに思い当たったみたい。
「あの部屋は時間の感覚がずれるらしいな。ならばその反応も仕方ないか」
今度は茶色いマイケルが首を傾げる番だ。虚空のマイケルはやんわりと笑った。
「あの2匹はもう随分前にここに来ているよ。果実のマイケルは2週間前、灼熱のマイケルに至ってはひと月前だ。3匹の中では君が最後だよ、茶色いマイケル」
ええっ、てすごく驚いたんだけど、いつの間にか一番奥の一番大きな扉の前に着いていたらしくって、
「失礼致しますマイケル王子」
ここでも番兵ネコさんたちに、さっきと同じようにすっごく怖い目で身体検査をされたんだ。さすが王様ネコのお部屋だね、とっても厳重だ。そう思ったらちょっと不安になってきたぞぅ。
「ね、ねぇ虚空。王様ネコと会う時ってさ、スゴイお辞儀とかした方がいいんだっけ?」
茶色いマイケルはまだ子ネコだからね、格式の高い礼儀作法なんかには詳しくないんだ。絵本で見たくらいかな。
「凄いお辞儀か……見てみたい気はするが、気にする必要はないさ。さっきも言ったが君らを招いたのは俺たちの方なんだからな。王の前で爪をといだり寝転がったりしなければ問題ない。特に寝転がるのだけはだめだぞ」
「し、しないってばそんなこと!」
やたら真面目な顔で言うもんだから、冗談かどうか分からないや。虚空のマイケルは「じゃあ行くか」と茶色いマイケルの返事を待ってから、扉を開けるよう番兵ネコさんに言ったんだ。
重々しい音の奥から風が流れてきて、茶色いマイケルのヒゲを揺らす。うっすらと香ってくるのは摘みたてのバラの香りだけど、外で嗅ぐものよりもずっと上品に思えた。咲く場所によって香りも変わるのかな。
「父上、只今戻りました」
虚空のマイケルは堂々と声を発するとスタスタと歩みを進める。それを見て茶色いマイケルも何か言った方がいいのかと思い、「は、はいっ」と誰に何を言われたわけでもないのに返事をして中に入った。
部屋はすごく広くて装飾もすごく凄くて、ほかにもすごくすごく凄いものがたくさん凄かったはずなんだけど、茶色いマイケルの目にはぼんやりとしか入ってこなかった。
緊張していたっていうのもあるんだけどね、王座に座る王様ネコの姿が、まるで豪華な絵本の一枚絵みたいだったんだ。
シルバーグレイの毛色に、虚空のマイケルよりももう少しだけ深みのあるエメラルドグリーンの瞳。宝石をちりばめた白銀の王冠の中には深紅の帽子が覗いている。威風堂々とした姿には、今にもお腹を見せて寝転がりたくなっちゃうね。
王様ネコは恭しくうなづいて、手にした宝杖をついてゆっくりと立ちあがったよ。肩から下げたマントが滑らかに揺れた。
「おかえりマイケル。おや、そっちの子が?」
「はい。仰っていた茶色いマイケルです」
「そうかいそうかい、初めまして茶色いマイケルくん。僕はこっちのマイケルのお父さんネコだよ。一応この国の王様ネコってことになってるけどね、そういうのはもっと成ネコになってからの話だからあんまり気にしないでね。不自由なく泊まれるお部屋は用意したつもりだけど、何か不便があったら遠慮なく言ってちょうだい。遠慮しちゃだめだよ?」
見た目よりも温和な王様ネコの声に、茶色いマイケルは「あ、はい」とうなづいた。
なんだか友達ネコの家に泊まりに来たみたいになってるけど……どうしてこんなに歓迎されてるんだろう。
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