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「今度は紫か。だんだん暗くなっていくな」
宿場町から脱出した子ネコたちを待っていたのは深く暗い紫色の世界だった。『宝石の海』からこっち、緑色、青色、紫色、と確かに進むにつれて世界の色味が濃くなっている。
『青の世界』と同じようにここもスラブやプル―ムの発着場になっていた。『魚群の交差点』に放り込まれたような光景は相変わらずだ。なんとなく鬱々とした印象を受けるのは気持ちが焦っているからかな。実はまだ子ネコたち、追手の神ネコさまを振り切れていないんだ。
4匹は全速力で飛びながら、手ごろなスラブを探していた。
「果実、『小型』にしなくていいのか?」
「ううん、ある程度の大きさじゃないとスピードが出ないんだぁ、ちょっとキツイけどぉ大きなスラブ探して」
「だったらボクも操縦するよ。『黒い靄』にも少しは慣れたし、もっと芯のとれるネコになりたいんだ!」
4匹が選んだのは『大型スラブ』だった。マルティンさんや大空ネコさまの乗っていたものと同じくらいの大きさだ。発着場から切り離されて、ぐんぐん加速しているところに飛び乗ったから、すでに結構なスピードが出ている。
それでも神ネコさまたちは追いついてくるよ。宙をまっすぐ走っているし、今も着々と距離が縮まっているんだからね。
「速いな。町では力を抑えていたのか」
『建物壊すとすげー怒られるからなー』
茶色いマイケルはフードの中にいる風ネコさまの声を聞きながらスラブの先頭まで走っていって、その場にしゃがみこんだ。それから足元に両手をつく。すると、それをどう受け取ったのか、子ネコに乗っていた神ネコさまたちは、
『まーオレはここでも力だせねーけどなー』
『あはは風ちゃんよわーい!』
『みぞれたちのほーがつよーい!』
『うるせーなー』
と楽しそうに、子ネコの腕を伝ってトコトコと降りてきたよ。階段じゃないんだけど。
子ネコはそのまま「んっ……!」と目を閉じ大型スラブの芯に集中した。途端にあの『排水管のドロドロ』が流れ込んでくる。すぐにでも手を離したい。でも離さなかった。
離さないでいられたのは他のマイケルたちのお蔭だろう。なにせ子ネコたちは4匹並んでスラブの操縦に向き合っていたんだ。
「どぉかな、つかめそぉ? 無理に動かそうとしなくていいよ、操縦自体はオイラがやるからぁ。オマイらはドロドロを”まとめる”のに集中して」
果実のマイケルの言っている意味は何となく分かったよ。押し寄せるドロドロを通して見えてくる、大型スラブの『中身』。それは不安定で、今にも弾け散ってしまいそうだったんだ。
ガッタンゴットン揺れる車の中で、極薄の水風船を割ってしまわないように支えている、そんな感覚。割れないようにするには無理に形を保たせようせずに、ある程度揺れに合わせてあげる必要がある。
『『なんかはやくなったー!』』
遊んでいたコドコドたちがコロコロと転げた。わずかな加速ではあったけど、小さいながら達成感がある。だけど逃げきるには今ひとつ足りない。
『追いついてきてんなー。どーすんだー? これ以上速くなんのかー?』
「うぅん、速さはこれで限界。だからさぁ、あそこに行こうと思うんだぁ」
足元に両手をついたまま顔を上げた果実のマイケルの、その視線を追ってみれば、
「ふん。ビビリのお前にしては面白いことを考えるではないか」
灼熱のマイケルの声がニヤリと曲った。
***
「み、右ぃぃぃぃ! ヤバイヤバイヤバイヤバイぃぃ!」
「いかん揺らしすぎるな、偏って”まとまり”が無くなる!」
「神ネコさまが来てる! ジャガーだ!」
『ジャガーの後ろにいるやつのフォルムは『ジャガーネコ』だぞー。木登りがうまいんだー』
『『ジャガーネコ小っちゃくてかわいー!』』
「ジャガーなのかネコなのか。いやそれよりもクロヒョウとオセロットだ! 爪がむき出しじゃないか! さっきスラブを削ったぞ!」
「上下反転するから気を付けてぇー!」
果実のマイケルの掛け声で大型スラブが、頭を起こしてぐるりと反転。宙返りをしてみせ、迫っていたクロヒョウを1匹弾き飛ばした。すると今度は下、オセロットを弾くため、さらに反転する。無事にもとの姿勢に戻ることはできたけど、今度は正面から流れてきていたプルームにぶつかりそうになり、慌てて右へと躱した。
「回るのはいいけど横揺れが! ”中身”がこぼれちゃいそうだ!」
「タイミングだ! 一瞬遅れて”寄ってくる”だけだ、揺れに合わせてまとめればいい!」
茶色いマイケルたちが今いるのは『プルーム群』の真っただ中だった。普通に逃げていればすぐに神ネコさまたちにつかまってしまうからね、障害物の多いところを選んだんだけど、これは多い。多すぎる! 速度も大きさもバラバラのプルームが、ものすごい密度で迫ってくるんだ。子ネコたちの乗っているスラブの速さも合わさって、目の前はとんでもないことになっている。10匹の灼熱のマイケルに囲まれて、高速ネコパンチを打ち込まれ続けているようなものなんだ。
しかも、神ネコさまたちに追いつかれ、まとわりつかれてしまっていた。隙を見せれば遠慮なしに飛びかかって来るんだからたまらない。
『でもうまいこと考えたなー。直接殴っても勝てねーけど、この岩使えばぶっとばせるんだもんなー』
「こっちもぉ、嵐の中っ、紙飛行機で突っ込んでいるようっ、なもんだけどっ……ねぇっ!」
前から来た大型プルームに対し、ぶつかる直前にスクリュー回転をかけながら上方へ。スレッスレのギリギリで、若干かすりながらもなんとか躱した果実のマイケルは、
『『太ネコぐるぐるじょうずー!』』
とコドコドたちの元気な声援に「呼び方ぁ!」と言いつつちょっと嬉しそうにしていた。
とはいえ、それが原因だったというわけじゃない。
それはそうだから仕方がなかったとしか言いようがない。
躱した先にあったのは、
「「「「で、でかすぎぃ!!」」」」
本当に最初からそこにあったの!? と地団太を踏んで抗議したくなるくらい大きな、視界全部を塗り替える『超超超巨大プルーム』だったんだ。しかも速い。果実のマイケルは即座に大型スラブの頭を下にむけ、さらに回転を加えることで”底”をプルームの正面に沿わせた。
「なんで下!?」
「なんとなくだよぉ!」
「いや英断だ! 押し流されるよりはよほどいい!」
プルームは見た目以上に速かったからね、ずいずいと押し戻されているうちに、そのまま発着場の壁に着いてしまえば、ぺちゃんこにされかねない。だったら、スラブの足の速さと落下するエネルギーとを活用するべきだってことだろう。が。
「衝突は避けられん! 飛び降りるぞ!」
灼熱のマイケルの声を聞きつけたようなタイミングで、茶色いマイケルたちの大型スラブが軋みを上げる。超超超巨大プルームの正面が大型スラブの”底”に接触したんだ。鉄ヤスリの上で軽石を滑らすように、ジャーッと”底”が削られていくのが伝わってくる。
『おい雪ん子ー、しっかりネコにつかまっとけよー!』
『はーい! じゃー、つららは耳―!』
『みぞれはしっぽにするー!』
コドコドたちが茶色いマイケルの耳としっぽにしがみつき、風ネコさまは背中にはりついた。完全に乗り物だ。
と、次の瞬間。
足元のスラブが一気に粉砕した! それと同時に超超超巨大プルームの下端に到達。何とか直接接触だけは回避する。だけど、一息つくにはまだ早い。
「追手は諦めとらん! 芯を使うなら下に向けて使え!」
見れば、茶色いマイケルたちのすぐ近くにいたクロヒョウたちは、3匹ともプルームの直撃を受けたらしく吹き飛ばされていた。だけど、少し後ろに陣取っていた雲派閥の神ネコさまたちが、危なげなくプルームを避けて茶色いマイケルたちを追って来ていたんだ。
まずい、追いつかれる!
そう思ったと同時、突然眼下に鈍い輝きがあらわれた。光かな? いや違う。霧だ。でも水蒸気と言うには銀色に近い、金属じみた輝きだった。見ればその向こう、かすかに地面らしきものも見えている。「どこから現れたの!?」なんて言っている余裕もなく、
「ランディング隊形をとれ!」
という虚空のマイケルの指示のままに滑空方向を斜め下に変えたよ。まっすぐ落ちて急停止すれば身体がもたないだろうからね、勢いを殺しながら斜めに着陸するしかない。ただしそうなってくると、
「だめぇ! 追いつかれるぅ!」
振り返れば先頭にオセロット。その後ろにジャガーとジャガーネコ。さらにはチーターだろうか、すらりとよく絞られた身体の2匹が並んで走ってきている。もっと後ろを見れば態勢を立て直した3匹のクロヒョウたちも追って来ていた!
『こらー! きちゃだめー!』
『だめだぞー! ニャオー!』
『でもジャガーネコだけなら来ていいよー!』
『みぞれもジャガーネコ触ってみたーい!』
『『おいでおいでー!』』
「呼ばないで!」
茶色いマイケルがそう叫んだ瞬間だ。キュィーンと耳慣れない音がしたと思えば、
『『えええええええ!!』』
コドコドのたちの驚き声と一緒に、背中側から光が襲ってきて茶色いマイケルたち一行を包み込んでいく。うわあああ、という子ネコたちの声は、その後のとんでもない爆発音にかき消されてしまった。
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