機密文書Kの公開
『アナタたちがこれを読んでいるころにはもう、私は私ではないものに変わり果てているでしょう。
今手元にフセンがあるわ。
フセンにフセンを貼ってある。
どうしてだかさっぱり覚えてないけれど、座っているソファのひじ掛けにも、大量のフセンが貼ってあるの。
安心して。
資料はまとめてあるから。
だからフセンを……フセンを……っ』
――ある指定調査官の報告書より一部抜粋。
深刻化する脅威
これより開示するのは指定調査官による調査報告書です。
ペタペタフセングラシの脅威を正しく認識していただくために広く開示する運びとなりました。
※一部に意識の混濁が疑われる箇所があります。
しかしそれを確認する方法がないため、備考を追記してあります。
COUTION
文章自体に中毒性はありませんが、フセンによる影響力がどこまで及ぶか分かりません。
フセンについての基本的な知識を事前にこちらで確認してください。
読んでいる途中でフセンが欲しくなった場合は、一度深呼吸をして下さい。
その後、読み進めて下さい。
以下、報告書。
私たちは侮っていた。
フセンは思っていたよりもずっと狡猾で、時代にも人にも浸食している。
- 時代への侵攻
- 領域外への進出
- 人心の懐柔
根拠を三つ示すわ。
私はフセンに対する速やかな対応強化を上申します。
調査報告① 時代への侵攻
時代と時代との境界線は目に見えない。
けれど私たちの時代を俯瞰して見たとき、『デジタル』というキーワードが一つの指標であることは専門家たちも多く認めるところ。
デジタルの時代に順応できる者とそうでないものとで分断されてしまう。
フセンも同じだと思っていたの。
デジタルの領域にその役目を奪われるってね。
でも違う。
フセンにはデジタルの台頭を予感していた節があった。
デジタル×アナログ
デジタルが私たちにもたらした恩恵の最たるものといえば、コピペ。
コピー&ペースト。
これにより修正の手間がはぶけ効率化が進んだ。
私たちの時間は大幅に増し、さらなる進歩の道を突き進むきっかけとなったわ。
さて、コピペの本質がどこにあるのかと言えば、情報の持ち運びよね。
そう、フセンにはもともとこの能力が備わっているの。
必要な情報を必要な場所に持っていくことのできる能力。
しかも『Ctrl+V』も『長押し』も必要ない。
はがしてペタッ。
それだけでいいのよ。
”感覚的にできる”というよりも”感覚そのもの”。
パソコンみたいな機器を立ちあげる手間まで考えると、なんて無駄のない使い心地なのかしら。
デジタル的な使い方ができるにも関わらず、アナログの良さを感じさせてくれる。
次の時代を知っていたとしか思えないわ!
※調査官に微弱な興奮が検知されました。閲覧者は深呼吸をしてください。
デジタル化
デジタルとアナログの要素をあわせ持つフセン。
そうはいっても、高性能化する演算機『パソコン』には総合力で劣るわ。
パソコンに出来ることはコピペだけではないでしょう?
しかし、ここでフセンは新たな戦略にでます。
フセンは開発者に目をつけたの。
開発者を手なずけ、デジタル世界へと進出したのよ。
画期的なのは、保存をする必要がないということだわ。
デスクトップ上から消したとしても、文字を完全に消すまで消えないの。
他にも、携帯端末のアプリケーションとしても広く使われています。
特記事項
デジタルの特性上、コピー&ペーストのできるものはすべてフセンの亜種と言っても過言ではありません。
私たちの周りには目に見えない電波が飛び交っています。
つまり、そのほとんどはフセンなのです。
フセンはもはや物理的な距離を無視し、電波となって飛び交っているのです。
※我々はこの報告に驚愕しました。
なんとこの報告書の転載でさえ、デジタル化したフセンの力だと彼女は言っているのです。
確かに考える余地はありますが、話があまりに飛躍しているため、この件は現在審議中です。
時間的なシームレス化
フセンが越えるのは物理的な距離だけではないみたい。
(私たちにとっては気づきにくいことだけど)フセンは時間的な距離まで越えるの。
信じられないでしょうから実例を示すわ。
日付は4年前。
フセンには『ここから使い始めた』という意味がこめられていると解読できました。
つまり使用者はこのフセンを通して、過去と対話をしているのよ。
もちろん、過去から現在への一方的なメッセージではあるの。
だけど反対に、今ここで私がフセンを使えば『未来の私に向けてメッセージを送っている』という事にもなるでしょう?
※これに関して審議会は、調査官の主張よりも『フセンの過去』に興味を示しています。
デジタル時代に侵攻する前にもフセンは、紙の時代に侵攻していた可能性が浮かび上がったのです。
そうなると我々の知っているフセン史が大幅に変わってきます。
これは未確定情報です。
調査報告② 領域外への進出
前項では、フセンによる『時代への侵攻』を報告しました。
フセンの進出領域は、もはや人さえいれば距離も時間も問いません。
好きな場所に根をはり、待ち伏せすらしている。
しかしながら、さらなる調査の結果、フセンは別の切り口からも領域の拡大を図っていました。
フセンの教典
本当に偶然だったわ。
まさか一般の、いち地方都市の片田舎の図書館に、このような書物が並べられているとは夢にも思わないんだもの。
それはフセンを広めるための教典でした。
ひとたび中を開けばフセン、フセン、フセン。
基本情報にはじまり、変種、さらには私たちの知らない使い方に至るまで、事細かに書かれていたの。
作者はどうやらフセンの教えを説く者らしく、その文章は誇らしげでした。
途中で目をそらさなければ、その時点で私もあちら側になっていたわね。
驚いたのはそれだけではありません。
奥付を見る限り、出版社は大手。
これは、業界全体を巻き込んだ大掛かりな組織的洗脳が疑われます。
由々しき事態ではあります。
けど、私が注目した記述はそこではありませんでした。
WARNING
この先の記述は先ごろまで機密指定されていたものの中でも、特に異質です。
興味を持たないでください。
興味を持ったとしても真似をしないでください。
もし真似をしてしまったならば即刻ご連絡ください。
【緊急連絡番号】〇〇〇ー〇〇〇ー〇〇ー〇〇〇
深呼吸をしてからボタンを押してください。
この画像を見て。
どう思う?
何をしているかわかるかしら?
フセンの”のり”の部分を使って掃除をしているの。
まさか、そんなはずはと思ったけど、私の手はすぐにフセンをつかんでいました。
面白いようにホコリが取れるのよ!
フセンをサッと差し込んでスッと滑らせるだけで、キーボードのすき間にたまった微かな綿埃や繊維が、引き寄せられるようにフセンの”のり”へとくっついてくる!
スゴイ! すごいわ!
これはみんなに広めないと!
※このあと、彼女は正気を取り戻したと報告書の中で語っています。
しかし、そのあとのことを考えると、それが彼女の言葉だったのかどうか……。
我々は判断するすべを持ちません。
調査報告③ 人心の懐柔
フセンはその使い勝手のよさで人々を魅了します。
しかし単に便利な道具としてだけでは、ここまで人の心に根を生やすことはなかったでしょう。
フセンはよく理解しているのよ。人の心を。
WARNING
※これより先、彼女は正気を失っていたと我々は考えています。
扇動的な言動に感化されないよう、注意してボタンを押して下さい。
何か嫌なことがあったとき、どうするかしら?
気を紛らせたり、眠ったり、あるいは深く考えてみたりして、そのこと自体を忘れ去ろうとすると思うの。
そこにフセンのつけ入る隙がありました。
そう、書いて破って捨てる。
「何がどう嫌なのか」
「何が苦しいのか」
それらを書いて破いて捨てるという行為。
これがピタリとはまるの。
人の心にね。
詳しい説明は脳科学研究者の先生方にお譲りするとして、この自己暗示的なメカニズムをフセンはよく知っているみたいね。
もちろん書き出す紙はノートでもメモ帳でも構わないわ。
けど、一般的に売られているもので比べると、
ノート……30枚~
メモ帳……80枚前後
フセン……400枚(ブロック級)
と圧倒的に枚数が多い。
それでいて背表紙もリングもついてないから、
とってもエコ。
しかも紙質がとても柔らかいので、
指を切りにくい。
つまり、
手に入れやすく、破りやすく、気軽に捨てられる。
まさかフセンがこれほどまでに、人の心の柔らかい部分を的確についているとは思ってなかったわ。
破り捨てることに抵抗を覚える人もいるかもしれないわね。
それはエコとは真逆なのだと。
しかし考えてみて。
ノートであろうがメモ帳であろうがフセンであろうが、それが製品になった時点ですでに、捨てられることが前提なの。
それこそデジタルに完全移行すれば別だけど……。
そこはすでにフセンの独壇場だというのは、前の項で示した通りよ。
さぁ、みんなもぜひふせんをつかいま――
終わりに
我々が部屋を訪れたとき、そこに彼女はいませんでした。
ただ、ノート級のフセンに、もやしに見えるほど大量のフセン級のフセンが貼られていました。
ふと、それらをすべてはがしてみると、そこにはなけなしの理性で書かれた彼女の言葉があったのです。
それを最後に開示し、閲覧者であるあなたへと未来を託します。
必ずこの資料を役に立てるって約束して。 私には家族と呼べる人はもういないけれど、 そうね、せめて仲間たちには幸せに暮らしてもらいたい。 この世界で共に生きた親愛なる仲間たち。 アナタの幸せを願っているわ。 実現してちょうだい。 何者にもおびえることのない、そんな世界を。
ようし、がんばるぞー
――カキカキ
『今日から頑張る』
――ペタペタ
――カキカキ
『フセンを貼らない』
――ペタペタ
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