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「えっ、もうこんな時間なんだ、まだすっごく明るいのに」
部屋に戻った茶色いマイケルは、灼熱のマイケルと一緒に窓の外を見ながら話をしていたんだけど、ふと見上げた壁時計の時間を見て驚いた。
「ここは遥か空だからな。沈むべき地平線が下にありすぎて、太陽もなかなか顔を隠せんらしい」
スノウ・ハットは平地だったからね、山の上からの日暮れなんてほとんど見ることはなかったんだけど、高いところに来れば来るほど日暮れは遅くなるらしいんだ。
「日の出も早いぞ。深夜と呼ぶような時間から白み始める。冗談で果実のヤツに『いつまで寝てるつもりだ!』と怒鳴ってやったら『あああぁ朝から用事があったのにどぉしよぉ!』などと慌てておったな。ククク」
やめてあげなよぉ、と言いつつも、物まねがすごく似ていてつい笑っちゃった。同じ部屋に2匹で過ごすうちに、結構仲良くなったんじゃないかな。
と、そこにコンコンとノックが鳴る。
「灼熱のマイケル様、茶色いマイケル様。お夕食のご用意が出来ました」
ぴしっとスーツを着たネコさんに連れられて、茶色いマイケルたちは食堂のある広間に行ったよ。
ここではよくパーティーが開かれるらしくって、王室や廊下とは少し違った飾り付けがしてあった。威厳よりも華やかさが大事にされてる感じかな。シャンデリアや陶器、絵画に鏡、その他の調度品すべてに金があしらわれ、そこに落ち着いた電球色のオレンジっぽい光が乗って、温かい感じがした。
食事はビュッフェスタイルで、立ったまま食べる習慣のなかった茶色いマイケルは、なんだか悪いことをしている気分になったよ。こんなところ見つかったらお母さんネコに怒られちゃう、ってね。ふふ。
料理も美味しかった。……とっても美味しかったんだけどさ、
「ねぇ、灼熱。なんでみんな食べないの?」
食堂の中には20匹くらいのネコたちがいるんだよ。みんな綺麗な服でぴしっとキメていて、美味しそうな食事も余ってる。なのに誰も手を付けようとしないどころか、茶色いマイケルたちのお世話ばかりしようとするんだ。飲み物をくれたり、食べ物を取ってくれたり、こぼしたものを片付けてくれたりね。
「ククッ、客はワシらだけだからだろう。他のネコたちはこの宮殿の従業員ネコなんだからな」
「えっ、そうなの!?」
だからみんな似たようなスーツを着てるんだ。パーティーってそういうものだと思ってたよ。
茶色いマイケルは驚いて、口に入れようとしたミートソーススパゲッティをつい、飛ばしちゃった。それが笑いをこらえている灼熱のマイケルの顔にビタッとくっついた。そしたらさ、
「すぐにお拭き致しますのでそのままで」
って言って、その辺をうろうろしていた執事ネコさんやメイドネコさんたちが灼熱のマイケルについた真っ赤なミートソースを拭いはじめたんだ。みんなで。
ごめんね、って謝ったし悪いなとも思ってたんだけど、黙って拭われてる子ネコの姿を見てたら、調度品が磨かれてるみたいで噴き出して笑っちゃった。
「あとで覚えておれ」
そのあと仕返しをしようとした灼熱のマイケルは、メイドネコさんに「食べ物をそのように扱ってはなりません」ってたしなめられてヒゲを落としてた。
ニャーニャーギャーギャーいいながら部屋に戻って、さらにしばらく経ったころだよ、茶色いマイケルはあることに気が付いて腰かけたベッドから立ちあがった。
「そういえば、果実は?」
すると灼熱のマイケルもハッとして向かいのベッドから立ち上がる。
「あの豚ネコが夕飯にも姿を見せんのは異常だ。どこぞの残飯でも漁っとるか、さもなくば空腹で野垂れ死んでおるやもしれん。いや、ここは空だから野垂れ死ぬ”野”がない。地上に真っ逆さまで潰れてぐちゃぐ」
「怖いこと言わないでよ! ゆったりしてる場合じゃないや、探しに行こう」
「えー、食ったばかりでか? ちょっと休ませてくれ」
「いつもは食後の鍛錬だってしてるのに!?」
茶色いマイケルが灼熱のマイケルを引っ張り出そうとしていると、扉が開いて話題になっていた子ネコが姿を現した。
「ちょっとぉ、勝手にオイラのことグチャグチャにしないで欲しいんですけどぉ」
「果実! よかった、無事だったんだ」
果実のマイケルは肩かけカバンの肩紐を潜りながら、
「それはこっちのセリフでしょぉ。茶色も無事に来られてよかったよぉ。空飛ぶの難しいもんねぇ」
と疲れを滲ませながらねぎらってくれたよ。そして扉を閉めるなり、
「それよりもさぁ、この国ってちょっとおかしいかもぉ」
なんて、不穏なことを小声で言い始めたんだ。
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