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水浴びに誘われた茶色いマイケルはあーうーと悩んだ末、一緒に行くことにしたんだ。灼熱のマイケルみたいに毛をびしゃびしゃに濡らしているってわけではないけれど、ガサガサのボサボサになっていたからね。
舐めて毛づくろいしても良かったんだけど、こうもギシギシになったら抜け毛がひどそうなんだもん。メロウ・ハートは埃っぽかったから毛と毛のすき間にまでたくさん砂とかが詰まってるんだろうな。すぐに落ちるかなぁ。
なんて心配はちっとも必要なかった。大浴場に入ってすぐ『超振動ネコ風呂』っていうのを見つけて、気になって仕方がなったから、2匹して入ったんだよね。石で仕切られた湯船に、1匹ずつ寝そべるようにして浸かった。そしたらさ、
「ぬわぁあああああ」
「あひゃあああああ」
って全身がブルンブルンに震えたんだ。温めのお湯の一粒一粒が揺れているみたいで、毛の先の先までが丁寧にグルーミングされたようにキレイなったよ。身体にくっついてた塵や埃がお湯の中にファッと飛び出す様子にはびっくりしたけど、面白かった。
そのあとすぐにお湯の入れ替えがあって、それがまたすごい勢いだったから2匹は慌てて超振動ネコ風呂から上がったんだ。震えるのは気持ちいいけど、頭が揺らされるみたいだからちょっと怖いもん。
「こんなにいっぱいの水、どこから持ってきてるんだろう」
茶色いマイケルは『ネコドライヤールーム』のベンチに背を持たれて弱風に毛をさらしながら、隣で気持ちよさそうに風浴びをしている灼熱のマイケルに尋ねた。大浴場の半分はこの乾燥室なんだ。ネコは水が苦手なくせに、水遊びが好きだからね。
「ワシも気になって調べたのだが、なんでも大気中の水分を集めて水を作り、使用後は分解してまた大気中に放っているらしい。分解時にでた不純物もまた完全に分解して資源として使うというのだから恐れ入るな。これほどの循環機能、アップル・キャニオンにもなかったわい」
「へぇ、つまり空のすごい技術ってことだね」
「ああ。どこにどんな技術が使われてどういう仕組みでそうなっているのかすら分からん。この部屋を見てみろ、風の吹き出し口はあるが、それを発生させているものが見当たらんだろう。目に見えんほど小さな装置なのか、はたまた何か特別な仕掛けなのか」
「でもさ、そう考えてみると空って不思議なことがいっぱいだよね。頭の中で声が響いたり、建物が浮いたりさ」
すると灼熱のマイケルは「そこなのだ」としっぽをピンと立てた。
「建物を浮かせるのも、その中で普段の生活が行えるのも、まぁ、これは”進んだ技術”と思えば分からんでもない」
しかし、と灼熱のマイケルはヒゲをひそめる。
「どうしてネコが浮く。ワシらには浮くような装置はついておらんだろう」
具体的な答えを持っているとは思えなかったけれど、漠然とした予感めいたものがあったんじゃないかな、そんな表情。あんまりいい予感には見えないけどね。
言われて茶色いマイケルの頭に浮かんだのは、空に落とされた時のことだよ。
「空に来てすぐさ、虚空に背中を叩かれて放り出されたんだけど、その時に何か装置をくっつけられたんじゃないかな? 背中バシィって叩かれて痛かったし」
灼熱のマイケルがハッとして振り向く。
「いや、ワシは”芯”の説明を先に受けたから叩かれておらんが」
「なんで叩いたんだよ虚空!」
叩き落とす必要なんてなかったんじゃないか!
ベンチの背もたれに後頭部を打ちつけた茶色いマイケルは、苦い顔で目をつむる。ドライする風がちょっとだけ揺れた気がした。
「ククク。真面目くさった顔をしとるが虚空のマイケルにも愉快なところがあるではないか」
小刻みな笑いがベンチを伝って身体に響く。
ふと別のことが気になって茶色いマイケルはその横顔を見たんだ。向けられた視線に気づくと、笑っていた子ネコは「どうした」と左耳をひくっと跳ねさせたよ。
「ううん、灼熱も”マイケル”をつけて呼んでるんだなぁって。それってさ、虚空が王子様ネコっていうのと何か関係してるのかな? 偉いネコを呼ぶときの作法とかそういうの?」
気持ちよさそうに目をつむって風に長い毛をなびかせていた子ネコは、表情を一変、難しいことを考える時の顔になった。
「……ワシがここに来たのがひと月前だというのは聞いたな?」
「うん」
声のトーンに、茶色いマイケルの耳は敏感に反応する。
「芯の説明こそあったが、ワシも詳細を知らされたわけではないのだ。『あとの2匹もじきに来る』『詳しい話は揃った時にする』と言われてな。部屋や食事に困ることなく、何不自由なく過ごさせてもらっているのだから、こんなことを言いたくはないのだが……」
灼熱のマイケルの顔が苦々しく歪む。
「あいつはちとおかしいネコだ。いまいち信用に欠ける」
茶色いマイケルは驚きを声にした。だけどそれはとっても擦れた小さな声だった。
「ちょ、ちょっと灼熱、そんな事言っちゃダメだよぉ」
周りを見回してももちろん誰もいない。なのに見回さずにはいられなかったよ。
「いや、言い過ぎかもしれんというのは分かっとる。しかしあやつの様子を伺っておると違和感を覚えてならん。質問を避けたがっているのか、ワシを避けたがっておるのか、どちらかは分からんが、少なくとも何かを隠そうとしておるのだけは透けて見えるのだ」
そして「あの目」と言った。
「あの目が気に入らん。ワシの奥底の、ありもしない本音を覗き込むような、あの疑いの目。いや、あいつだけは無いのかもしれんがな」
きっと茶色いマイケルの思い浮かべたものと同じだろうね。番兵ネコさんや王様ネコからも感じたあの視線。疑いっていうのとは少し違うようにも感じたけれど、あんまり気持ちのいい視線じゃないや。
「常に聞き耳を立てられとる気もするし、茶色、お前も心を許しすぎるなよ?」
茶色いマイケルはどう答えていいのか迷った挙句、小さくアゴを引いた。
どこからともなく吹く風の音が、やけに重く感じられる。そんな空気を払拭しようと、茶色いマイケルは話題を探したよ。
「と、ところでさ、灼熱はどうしてあんなにビショビショに濡れてたのかな? さっきは修業って聞いてたけど、何をしてたのか聞いてもいい?」
「ああ。最近の日課でな、積乱雲に突撃する修業だ」
またわけの分からなさに磨きがかかったなぁと、可笑しさが込み上げてきた。
「なにがおかしいものか、上を目指すネコたるもの修業はおろそかにできん。特に空では今までと全く違う動きを求められるからな。自在に使いこなせなけばこの先、どんな戦いが待っておるか知れんだろう」
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