(20)5-6:スラブの芯とプルーム

***

「とりあえずここから離れるぞ。全員乗ったな? いいぜコハク!」

「んもー、結局俺ばっかりにやらせて。そんじゃ、はい、ぐーるぐるー!」

 サビネコ兄弟の弟コハクさんが、両の手の平をそれぞれ別のスラブに触れさせる。一つは茶色いマイケルたちの乗っていたスラブで、もう一つは今乗っている小型のスラブだ。するとたちまち『小型スラブ』がモーターボートみたいに舳先を立てて走り出した。

「おい! あいつら逃げるぞ!」

 目ざといネコが声を上げる。だけどそのネコたちの乗っているスラブが、

「ギニャァァァ!?」

 グルグル回り出したんだ。暴れる独楽みたいな勢いで回るものだから、ネコたちは岩にしがみつくので精一杯だったみたい。

『おー、あれ乗りてー!』

「あっちにもスラブを動かせる奴がいるみたいだから、そう長くは足止め出来ないけどね。とりあえず今のうちに距離を稼ごう。途中で乗り換えるからそのつもりでいてよ?」

 そう言ってコハクさんは小型スラブに両の手をつきなおし、「んっ」と目を閉じてさらに加速させた。「ああやって操縦するんだなぁ」とその様子を真剣に見ていたのは1匹だけじゃなかったみたい。

「勉強熱心なこって。さては優等生ネコだろお前ら?」

 長い毛を風になびかせながらサビネコ兄が声をかけてくる。見ればお尻をついて座り込み、垂れた耳をひくつかせながら笑っていた。

「コツは、”コイツら”の芯をとってやることだぜ?」

 拳を作り、ゴンゴンとスラブを叩いて見せる。

「こいつら?」

「ああ。試しに触れて”芯”を探してみな」

 茶色マイケルは言われるがままスラブに触れた。それから自分の芯に意識を向けるように、スラブ全体を自分の身体と考えて――

「うっ……ぎゃっ!? な、なにこれぇっ!?」

「き、きもちわるぅぅ! なんかドロドロしたのがぁ!」

「これはきついな。汚物を流し込まれているような……ひどい感覚だ」

「本当にこんなものに芯があるのか……? ワシには感じられんが」

 全員がパッと両手を高く上げて立ち上がった。

 最悪の気分だったよ。排水管から汚水が逆流して、配管にこびりついたヌメリを浴びる以上の不快感。「こんなのにずっと身をさらし続けているなんて……」とコハクさんの方を見てみると、ビックリするほど優しい顔をしていた。なんでそんな顔ができるんだろう。

「ハハッ、キツかったろ。操縦できるようになりたかったら、あのドロドロの正体が何なのか、よく考えてみるこったな。そうすれば不快感もちったぁマシになるだろうよ」

「ドロドロの、正体ぃ……?」

 果実のマイケルが首としっぽを傾げる。だけどサビネコ兄はそれを問いかけと受け取らなかったらしく、

「さ、そろそろ乗り換えるぞ。来るときに見つけといたんだ」

 と言って腕をまっすぐ伸ばしてスラブを指し示した。

「えっ?」

 いや、スラブじゃない。あれは”薄い青”。つまりはスラブとは逆方向に流れていく岩石だ。茶色いマイケルは「どうしてあれに?」という視線をサビネコ兄に投げかける。

「お、あれが何なのか知ってるらしいな」

「逆向きに進むスラブ、だよね……?」

「ああ。『プルーム』っていうらしい。お前たちは今からアレに乗り換えてもらう」

「えぇ? でも逆向きに進むんでしょぉ? マタゴンズたちから逃げるんだったらさぁ、全員抜いちゃえるくらいの、もっと速いスラブを探して乗った方がいいんじゃないのぉ?」

 サビネコ兄は「よっこいせ」とつぶやきながら立ち上がり、腕を組んで、首の骨をコキコキ鳴らすと、薄く笑みを浮かべた。それはすごく頼りがいのある自信に満ちた笑顔だ。ただ、瞳が笑っていない。先頭でスラブに手を突いているコハクさんにしても、背中をこちらに向けたまま黙っている。

 ……妙な空気だ。

 灼熱のマイケルは静かに、

「……それはなにか? お前たちもあのイカレネコどもと同じというわけか?」

 と低い唸り声を混じらせながら尋ねたよ。するとサビネコ兄は一瞬目をぱちくりさせて、それから「んんー……」と頭を捻じるように上を向き、さらには悩まし気に眉間にシワを寄せ渋顔を作った。

「あいつらとぉ……一緒にされるのはなぁ……」

 心底イヤそうな顔。だけど、

「ま、でも仕方ないんじゃない?」

 とコハクさんがため息と自嘲を交えて兄に言う。それで踏ん切りがついたらしい。

「そうだなぁ。お前らからすれば似たようなもんか。うん。そうだな。俺は悪者ネコだ! 恨みたいなら恨んでいいぜ。俺たちは今からお前らをこのプルームに乗っけて、どっかの彼方へ放り出す。それは決定事項だ」

 サビネコ兄の言葉が切れると同時、ズズズズ……という低い音を立てて小型スラブが減速し、同じくらいの大きさの”薄い青”――プルームと地続きになった。

 ギラリ、と薄青の光を瞳にほとばしらせたサビネコ兄は、

「さぁ、自分たちで乗り込んでくれると助かるんだが」

 と背中のプルームに向けて親指を立てた。

「……そう言われてワシらが『ニャン』と言うとでも?」

「言ってくれないのかぁ? さっき操縦のコツ教えてやったろう」

「ワシらは芯の使い方を教えてやった」

「それもそうだな。つまり貸し借りは無いってわけだ」

「ならば話は簡単だ」

「へぇ、どう簡単なのか言ってみろよ」

「しゃ、灼熱!?」

 茶色いマイケルの声を無視して灼熱のマイケルが構える。それはあの集団ネコたちの中に突っ込んでいく時には見せなかった気迫をまとった構えだった。ネコ武術の心得のない子ネコにでも分かるほど、”集中”がその構えには見て取れる。

 雷雲ネコさまに立ち向った時と同じ……!?

 本気だ。

 一方、その本気を向けられたサビネコ兄は、組んだ両腕を開くくらいで、構えらしい構えはしていない。だけど、

「いいじゃねぇか。そうだよな、それが話としちゃあ一番手っ取り早いってもんだ」

 と口を耳まで裂いて笑った。

「俺が勝ったらお前らは黙ってコレに乗れ。いいな?」

「貴様が負けた場合の条件が抜けているようだが?」

「おっと悪い悪い。考える必要も無かったんでな」

 サビネコ兄は目を閉じ、

「答えは『お好きなように』、だ」

 タンッ

 瞬間。2匹が交差した。

コメント投稿